雨が降ったらモー娘。を聞け #推し短歌

2023-10-12 汐見りら


モーニング娘。に捧げる推し短歌

私の部屋の窓からは木が見える。
誰が植えたわけでもなく、気づいたら随分大きくなっていた品種不明の木。
その葉が青々と茂り、そうかもう夏だったのかと気づいた頃、交換留学の派遣中止を告げるメールが届いた。

2020年。得体の知れないウイルスはあっという間に市中へ広がって、私たちの生活を一変させた。大学に入学する前から目標にしていた留学もそのうねりに飲み込まれ、あっけなく砕けてしまった。

そりゃまあ、予想はついていた。
医療機関をはじめ社会が大混乱し、仕事にも学校にも行けないというなかで、尚更状況が分からない外国になんて行けるわけがない。
今まさに最前で戦っている医療従事者の方々を思えば、一大学生のささやかな夢など不要不急に分類されて然るべきだろう。
幾度となく脳内でリハーサルしたように淡々とプログラムフィーの返還書類を書きながら、しかし胸にはやるせなさや不安──なぜ今なのか、本当にこうするしかなかったのだろうか、ていうかこれからどうしよう、全く準備していなかった就活を今更始めるってこと?等等──が押し寄せる。
思えばそれまで己の怠慢や能力不足で叶わなかったことは多々あれど、自分の力がまるで及ばない、ずっと大きなものに突然道が塞がれる経験は初めてだった。

油断すれば乱れてしまいそうな呼吸を整えるために、この時期私はずっと音楽を流しっぱなしにしていた。
そこで私の心を支えてくれた曲のひとつが、モーニング娘。の『I WISH』だ。

人生ってすばらしい ほら誰かと
出会ったり 恋をしてみたり
Ah すばらしい ah 夢中で
笑ったり泣いたりできる

底抜けに明るい歌詞なのに、このときはサビを聞いた瞬間涙が止まらなくなった。

私は中学生の頃からのハロオタで、『I WISH』はもちろん何度も耳にしている。だけど自分がこういう状況に立たされてはじめて、この歌をちゃんと理解できたような気がした。

「誰かと出会ったり」「恋をしてみたり」はおろか、もう何ヶ月も家とスーパーの往復しかしていなかったカラダがゆっくりと思い出していく。
新しいひとと出会うときの胸のときめき、好きなひとの一挙一動に振り回される楽しさと切なさ、真剣に駆け抜けていた日々。
そういえばもうずっと、ちゃんと笑ったり泣いたりしていなかったよなと思う。泣くのもサボると下手になるようで、当時の私はどこから出ているのかわからない変な声をあげながら小一時間うずくまっていた。

そんなサビも大好きなのだが、もっと心に沁みたのが次の歌詞。

晴れの日があるから そのうち雨も降る
全ていつか納得できるさ!


そうか、今は雨の日なんだ。
ベッドでこのフレーズを聞いたとき良い意味で肩の力が抜けた。

多分これが「いつか晴れる」「止まない雨はない」的な励ましだったなら、ひねくれ者の私にはきっと届かなかっただろう。
既述の通りの最高・最強のサビで「晴れの日」のすばらしさを思い出したからこそ、すとんと落ちる。あんなに眩しい日々を過ごしていたのだから、雨が降るのも当然かもな、と。

ところで、モーニング娘。及びハロー!プロジェクトの世界ではこの「雨」の概念が一貫してあるように思う。
たとえば同じモーニング娘。に『雨の降らない星では愛せないだろう?』という楽曲がある。
この曲のサビでは以下の歌詞がリフレインされる。

雨の降らない星では
愛し合えないだろう?

悲しみのない星では
やさしくなれないだろう?

「雨の降る星」や「悲しみのある星」、つまり私たちが生きているこの地球まるごとを肯定するあたたかい詞だ。
モーニング娘。の歌はそうやって、ままならない日々や悲しみさえも人生の一部なのだと思わせてくれる。
決して説教臭くならずに前を向こうと思えるのは、つんく♂氏をはじめとする楽曲制作陣の技、そしてどんなときでも全力でパフォーマンスを届けてくれるメンバーの力なのだと思う。

私は彼女たちのようにいつも太陽のような笑顔を浮かべることはできず(オタク心としては別に彼女たちだってずっと笑顔でいてくれなくたっていいのだ、ただ健やかでいてください……。)、打たれ弱くてすぐ泣き言や文句を言ってしまう未熟者だ。

それでも、モーニング娘。の真っ直ぐな歌声に重ねて歌えば、自分も少しは強い人間になれそうな気がする。

「雨の日」を受け入れて、たまに回り道や後戻りもしながら、自分の足で着実に歩いていけるような。
いつか本当にそんな人間になることができたら、その時こそ「全て納得できる」のだと思う。

だからそれまでは、大好きなモーニング娘。の歌を聞きながら

雨の日も歩いていくよ下手くそなハミングを朝焼けに重ねて



余談だが、窓から見える謎の木はその後もすくすくと育ち、それが私の初めて詠んだ短歌になるのだった。

人生ってすばらしい!


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