居場所は「好き」でつくられる 兵庫・豊岡のちいさな図書館「だいかい文庫」で感じたこと

2023-10-19 タケチヒロミ(Roulottes)

文学は、生きるためにある。

本や文学にできることはまだまだあるし、文学はやっぱり、生きるためにある。とあらためて感じた「ブンガクのまち」城崎と豊岡の旅。

その思いをいっそう強くしたのが、豊岡の「だいかい文庫」との出会いだった。

だいかい文庫とは

「だいかい文庫」とは、ちいさなシェア型の図書館のことだ。ここでは本を借りたり、買ったり、カフェとしてコーヒーを飲むこともできる。どうやら医療福祉の相談所でもあるらしい? カフェはわかるけど、医療の相談所って、どういうことだろう。

「だいかい文庫」

手書きの文字と、本棚、あたたかみのある店内の「だいかい文庫」は、兵庫県北部・豊岡市の商店街のなかにある。

豊岡の商店街のアーケードの上は、古い昔ながらの建物なのだそうだ

「だいかい文庫」とは、シェア型のちいさな図書館のことで、この場所は、豊岡市大開(だいかい)通りにある本のあるところです。
棚にある本を借りていく図書館でもあり、家に置いておきたいなと思った本を買っていくこともできます。コーヒーを片手に気になった本を読みふけることもできます。入場は無料です。気軽に入ってみてください。2020年12月 店長 守本より

「だいかい文庫」web https://carekura.com/daikaibunko/

本棚とザ・スミスに惹かれて

店先で、まず本棚にひきこまれた。わたしは本屋や図書館などの、本がずらりとならんでいる場所がとにかく大好きなのだ。(通信制大学で文芸を学び、副業として図書館につとめるくらいには)


ようこそだいかい文庫へ ウェルカム感満載の店先

夫は夫で、正面の棚の「ザ・スミス」の本に目が釘付けになったらしい。モリッシーと目があっちゃったのね。そりゃしかたないよね。なんたって夫はザ・スミスのバンドTシャツをバンドで買うくらい好きなんだから。

THE SMITHS(ザ・スミス)

ふたりの興味関心が一致し、店内のようすがガラス張りで見えるのも安心感があって、わたしたちはなかに入ってみることにした。

本棚のオーナーになるということ

なかに入ると、席でひとりの女性が静かに本を読んでいた。本棚の本はここで読むこともできるし、図書館のように貸し出しも可能だ。

正面の壁に作りつけられた本棚は、よくみると「一箱」ごとに仕切られている。そして一箱ごとにオーナーが異なる。音楽が好きなひと、本好きなひと、絵本、映画館のオーナーさんの本…それぞれに個性が現れていて楽しい。月々2400円から誰でも一箱本棚のオーナーになり、好きな本を置くことができるのだ。

本棚はおもしろいくらいにひとの性質をあらわす。ああ、旅が好きなんだなとか、アートが好きなんだなとか、旅の行き先と読んでいる作家の傾向から「なるほど、こっち系ね。わかるわかる。わたしもそうだもん」とか、「ああ、このひととわたしたぶん友達になれそう」なんて思ったりする。枠で仕切られた個人の小宇宙をかいま見れるようで楽しい。

夫はさっそく「ザ・スミス」棚の本をじっくり読みこんでいた。他の本もイギリスの音楽に関するもので、夫が好きそうな本ばかりだ。そのひとと友達になれそうだね。

THE SMITHS(ザ・スミス)

「だいかい文庫」には、交換日記のような交流ノートもあるし、本棚のオーナーに手書きの個別メッセージを書くこともできる。自分の好きな世界観を本棚でつくり、同じことが好きなもの同士でゆるくつながる。そう考えると、本棚は「居場所」だと言えるのかもしれない。

本と暮らしのあるところ だいかい文庫 本と暮らしのあるところ だいかい文庫は、まちに暮らす人が一箱本棚オーナーとなり、まちに暮らす人に読んでほしい本を並べている carekura.com

医師が作った居場所としての「図書館」

その日のお店のお当番の方に、お店について聞いてみた。なんとこのだいかい文庫の店主はなんとお医者さんなのだという。そして、その医師がコーヒーの屋台を始め、それがこの図書館につながったのだと。んん? お医者さん、屋台のコーヒー、図書館? なんだかいろんな情報がありすぎてつながらないぞ。どういうことだ。

話をよく聞くと、こういうことだった。

地域の高齢者医療の問題解決の一環として、医師が移動式屋台を引いてまちへ出て行き、コーヒーを片手にカジュアルな医療相談にのるという試みを始める。

→屋台が地域住民の井戸端会議の場になり、コーヒーを淹れる役割がうまれることで小規模な公共空間になる。

→近距離のコミュニケーションが苦手なひともいるため、「本」を切り口にした中距離のコミュニケーションができる場を持つ。

→そこで医療相談ができたら、本の文化とケアの文化との間に居場所ができるかもしれない。

(店主 守本氏のnoteより抜粋)

なるほど、だから「だいかい文庫」は医療の「居場所の相談所」でもあったんだ。

さらに「だいかい文庫」からのお便りにはこう書いてある。

「医療福祉の専門職が健康相談や居場所の相談に乗ります。『家族を亡くしてさびしい』『検診の結果が不安である』『介護で悩んでいる』などの相談があります。公的な機関ではないため、できることは一緒に悩むくらいかもしれませんが、お気軽にどうぞ。

だいかい文庫からのお便り vol.3     2022年8月

「できることはいっしょに悩むくらいかも」っていうことがいいなと思った。それってけっこう大事なことだ。子育てで育児ノイローゼみたいになったとき、話を聞いてもらえただけで楽になったことがあったのを覚えているから。

暮らしとの接点を考えて、悩みを共有するダイアローグをしたり、医療福祉専門職が孤独や健康の相談にのる居場所の相談所を開いたりしています。興味のある方は、スタッフに一声かけてください。2020年12月 店長 守本より

「だいかい文庫」web https://carekura.com/daikaibunko/

社会的処方ってなに?

わたしはだいかい文庫で、社会的処方(social prescribing)という考え方があることを知った。

みなさんは社会的処方という言葉を聞かれたことがありますか? 社会的処方とは、薬を処方することで患者さんの問題を解決するのではなく、地域のつながりを処方することで問題を解決するというものです。(西智弘、2020)
心身の不調を解決するのに薬だけではなく、地域での居場所や人とのつながりによって困りごとを解決するきっかけにします。

だいかい文庫からのお便り vol.3     2022年8月

たとえば井戸端会議だとか、商店街でのおしゃべりだとか、となりの家を気にかけてお互い声をかけあったりすること。そんなささやかなことがひとの「居場所」になったりする。そんな「地域のつながりを処方する」という考え方が、とても素敵だと思った。

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居場所は好きなことでもできているのではないか

ただ、「地域」と聞いてわたしには少し引っかかるところもある。わたしはいわゆる「地方の田舎」出身だが、かつてそこには10代の頃のわたしの「居場所」はなかった。

当時の田舎は、めちゃくちゃ頭がいいか、もしくはスポーツができるひとが優位に立てるような世界だったので、本が好きで、絵を描くことが大好きで、芸術に興味のあるわたしの居場所はどこにもなかった。その頃のわたしの居場所は「本」や「物語」、そして自分の心のなかだけにあった。いま思えば、それが創作の原動力になっていたとも言えるけど、芸術系の短大に入って、同じものを好きなひとと交流ができることで、やっと自分の居場所ができたような気がした。

つまり居場所は、現実の地域のつながりだけじゃなくて、「好きなこと」のつながりでもできている。リアルで近距離のコミュニケーションよりも、案外そっちのほうが大切ってこともある。そういう意味で、ネット環境によって「好き」でつながりやすくなった今の時代は、「どっちのつながりもどっちの居場所も」持つことのできるいい時代だといえるのかもしれない。

「だいかい文庫」は好きな本や本棚をシェアするという絶妙な距離感(守本氏いわく中距離のコミュニケーション)での「好き」のつながりと、リアルな地域のつながり、両方で「居場所」をつくる、ハイブリッドなものすごいこころみなのだと思った。この居場所感は強い!しかもカフェも医療の居場所相談もついてくる!最強だ。

医師ではないわたしにできることはなんだ?

そこで考えるのは、医師でもない、コーヒーも淹れられないわたしにできることはなんだろうってことだ。

わたしはいまnoteで好きな「ドレスのこと」や「旅のこと」や「学びのこと」を書いているけど、同じようなものが好きなひとと共感しあえ、ゆるくつながれたと感じられたときは、やっぱりものすごくうれしい。

そして、いつかその学びの先に、かつて10代のわたしがそうだったような「本」や「文学」という居場所がつくれたら最高だと思っている。

「本」や「文学」がつくる居場所は、けっして一方的なものではないと思うのだ。自分を楽しませ、元気づけ、ときに救いや支えになってくれる。わたしはなんどもそんな経験をしてきた。本とひとはいっしょに成長し、そのときどきの自分でまた新たな交流ができるものだと思う。

いつか自分にもそんな本をつくることができたなら、だいかい文庫の本棚のオーナーになって、10代のときにわたしの支えになってくれた本とともに、本棚に置かせてもらおう。

10代のときに夢見がちだった少女は、ずいぶん大人になっても相変わらず夢見がちなままで、でもけっこう本気で、いつもそんなことを考えている。


いつかこの本棚に、わたしの本を置けるように。



▼店主守本氏のnote


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