和菓子、この味《餅甚のあべ川餅》

2024-09-02 『café-sweets』編集部

日本の伝統的なスイーツ「和菓子」。都内には魅力あふれる和菓子店が多数あり、世代を超えて愛されている商品がたくさんあります。
ここでは、東京近郊の名物和菓子をご紹介。素材を吟味し、手間暇かけてつくられる名店の看板商品には、時代を超越するおいしさがあります。

旧東海道の一部であった、東京・大森の美原通り。この地で300年余営む「餅甚」の名物が「あべ川餅」(18個入り・700円〜)だ。箱を開けると、直径3.5㎝ほどの、ひと口大のお餅が並んだ姿が、なんとも愛らしい。お餅はふわふわとやわらかく、しかし、口に運ぶと心地よいコシがあり、かむほどにやさしい甘味が広がる。材料はモチ米と水のみ。「モチ米の甘さなんですよ」と11代目店主の福本義孝さんは言う。同梱された自家製のまろやかな黒蜜と、香り高いきな粉をかければ、素朴でいて、このうえなく豊かな味わいだ。

 消費期限は3日間。もちろん、「できたての当日中にめし上がっていただくのが、一番おすすめ」(福本さん)であるとはいえ、特筆したいのは、添加物などいっさい不使用なのに、翌日や翌々日もお餅がやわらかさを保っていること。その秘密は、「加える水と搗(つ)き方の塩梅。それがすべてです」と福本さんは語る。

搗く力が強い、昔ながらの餅搗き機で、約20分搗く。加える水の量を加減しつつ、こまめに手で状態を確認する福本さん。長く搗いたお餅はなめらかにのび、クリームのようにふわふわ。

 同店は享保元(1716)年に創業。駿河国(現在の静岡県)出身の初代・甚三郎さんが、現在地で茶店「駿河屋」を開き、旅人に茶や菓子を供したのがはじまりという。あべ川餅は、もともとは暑い夏に力をつけてもらおうと、真夏の土用の期間のみ供し、人気を博してきた。ちなみに、静岡名物の安倍川餅は、きな粉と砂糖や、あんを合わせたものが一般的だが、同店ではずっと黒蜜ときな粉との組合せだそうだ。明治時代に和菓子店となり、大正時代に屋号を「餅甚」に改称。関東大震災や戦争などの苦難ものり越え、地域とともに歴史をつむいできた。大森はかつて海苔の生産地として栄え、網に海苔がべったり付くようにと、海苔漁師が縁起をかついであべ川餅を食べたというエピソードもある。あべ川餅は、お客からの要望を受けて、福本さんの父である10代目の義一さんが約50 年前に通年販売とし、手みやげにも向く箱詰めのスタイルに。昔は、お客が持参した器に盛って渡していたのだとか。

 福本さんは義一さんの長男で、幼いころから自分が後を継ぐと思っていたそう。「祖父(9代目の甚之助さん)が僕を自転車の後ろに乗せていろんなところに連れて行ってくれて、そのつど『うちの11代目』と紹介していたので、自然とその気になりました(笑)」と福本さん。高校卒業後、東京製菓学校を経て、都内の和菓子店で約3年修業後に入店。16年後の2018年に店主となった。「通年で経験を多く積めるよう、店に入ってすぐに、あべ川餅のつくり方を教わりました」と福本さんはふり返る。

 あべ川餅に使うモチ米は、20年以上前から宮城県産の「みやこがね」を使用。代々使い続けている敷地内の井戸の水に1晩浸けた後に蒸し、水を加えながら搗いていく。「水の量も搗くのにかける時間も、夏と冬では全然違うし、その日の気温や湿度によっても違う。すべては塩梅なんです。夏は搗きすぎるとダレてしまうし、冬は逆に締まりやすいので、夏よりもやわらかく搗きます」と福本さん。いずれにしても、非常にやわらかく仕上げるのが特徴。「水で固さを調整しつつ、のし餅の5〜6倍の時間をかけて搗きます。長く搗くことで、モチ米の甘味も際立つ。このやわらかさをつくる塩梅は、本当に難しいです。やわらかいため、扱いも難しい。毎日つくってお餅をさわっていないと、なかなかできないんじゃないかなぁと思います」。

 搗いたお餅は、機械で分割して丸める。以前は手で行っていたが、テレビでの紹介が続いて知名度が上がり、より人気が出て製造量がとても増えたため、約5年前にこの作業を機械化した。「手だと、手にくっ付かないようにと使う手粉が多少混じるぶん、お餅が締まりやすくなる。機械だと手粉が少なくて済み、味の面などでもさらによくなったと思います」と福本さんは語る。

お餅の自然な甘味に、まろやかな黒蜜と香り高いきな粉が抜群に合う。黒蜜を先にかけるのがおすすめ。「きな粉にはじかれずに、黒蜜がしっかりお餅にからみます」と福本さん。モチ米は数回に分けて蒸して搗き、現在、平日で計約1800個のお餅を製造。週末や繁忙期はさらに製造量が増す。

 一方、とろりとしたまろやかな黒蜜も評判。後継ぎのみが配合を知るという一子相伝の味で、赤糖、三温糖、水を煮詰め、別途煮立てた水アメを加え、さらに煮詰めてつくる。煮詰め具合は、やはり塩梅が肝心だという。また、きな粉は、特別に挽いてもらったものを群馬県から取り寄せている。「味が濃く、香りも強い。煎りが浅めで色もきれいなんです」と福本さんは語る。

 9代目と10代目から、「いい材料を使い、ていねいな仕事をするように」「屏風と同じで、商売は広げすぎると倒れる。この規模でやっていくように」と教わったという福本さん。11代目として店を継いだ重みについてたずねると、こう語ってくれた。「老舗としてひいきにしていただけることは本当にありがたく思っていますが、“老舗”をあまり意識してはいないんです。今後も、おいしいものをちゃんとつくって、お客さまに喜んでいただければいいかなっていうことだけで」。目の前のお客に誠実に向き合う姿勢は、同店の起源である、旅人を癒した茶店にどこか重なる。あべ川餅の味わいには、代々変わらぬ店の思いが息づいているのを感じられる。

◎餅甚
東京都大田区大森東1-4-3
電話:03-3761-6196
営業時間:9時~18時
火曜休

京急本線平和島駅から徒歩約6分。美原通りのミハラ南商店街に立地。約30年前に建て替えた建物の1階が店舗で、規模は約27坪(うち厨房が約19坪)。スタッフは11代目の福本義孝さん・早苗さん夫妻、10 代目の義一さん・京子さん夫妻、パートの女性1人の計5人。江戸時代から続く老舗でありつつ、アットホームな親しみやすさが印象的な、地元密着店だ。アイテム数は15~20。「あべ川餅」は、お餅の数が異なる数種類の箱詰めを用意。大森名物として愛され、遠方からのお客も。早い時間に売り切れることも多く、予約するのが確実だ。あんはすべて自家製で、おはぎや団子、赤飯のほか、義一さん考案による、黄身あんをバター入りの生地で包み、グラニュー糖をまぶして焼いた「美原娘」なども人気。赤飯の美しい色は、井戸水の効果だそう。「ササゲを井戸水で煮た煮汁を使うと、とても鮮やかな赤い色に仕上がります」と福本さん。

※本記事の掲載内容は取材当時のものです。

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