手話ワイプを“脇役”にしない|柔らかなモデルをつくる(2)

2024-09-06 東京アートポイント計画

アーツカウンシル東京による「東京アートポイント計画」では、近年、手話やろう文化、視覚身体言語などを中心に「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきました。これまでの取り組みを振り返ったとき、その共通項として見えてきたのは、唯一無二のフォーマットを追求するのではなく、可変的に試行錯誤を続ける姿勢です。

本シリーズ「柔らかなモデルをつくる」では、「東京アートポイント計画」のスタッフが「アクセシビリティ」や「情報保障」について考え、実践してきた企画・制作プロセスを紹介し、noteでの連載を通じて“柔らかなモデル”について考えていきます。

今回紹介する事業は、映像シリーズ「Knock!! 拠点を訪ねて-芸術文化の場をひらくひと-」です。


Knock!! 拠点を訪ねて-芸術文化の場をひらくひと-

映像シリーズのメインビジュアル

アートプロジェクトを地域にひらき、豊かな活動を育む役割をもつ「拠点」。映像シリーズ「Knock!! 拠点を訪ねて-芸術文化の場をひらくひと-」では、都内で拠点運営に携わるメンバーの対談を収録しました。
映像では各拠点の特性や地域性を紹介しながら、場所を維持するための仕組み、日々向き合っている課題、そして可能性について考えています。

自然体のままでいられる現場

収録は、登壇者が運営する拠点の一角で行っています。事前の打ち合わせでは対談のトピックを検討しながら、情報保障として「字幕」と「手話ワイプ」が映像に入ることも伝えました。そして収録当日には「普段よりも少しだけ、ゆっくりした口調」で話してもらうようにお願いしています。

映像の流れを説明する資料の初期案。カメラマンや手話通訳のメンバーとも話し合いながら、骨子を固めていった

というのも、もし観客が現地にいれば空間の情報を立体的に手に入れながら、話者の細やかな表情や相槌も感じながら話しを聞くことができますが、視聴者が映像から得られる情報は一定の画角で切り取られたものであり、さらにはカメラを前に話者自身も緊張して早口になることもあります。

しかし「通訳しやすいように」と話し方に意識を向けすぎてしまうと、今度は普段のリズムから外れて不自然な間ができてしまう。
どのような雰囲気や言葉を視聴者に届けたいのか。通訳チームやカメラマンと話しながら、むしろその人が自然体でいられる空気や表情づくりが「視聴者の安心できる映像」の要素になるのだと意識するようになりました。

収録会場(仲町の家)
収録会場(国立本店)

視聴者が映像から得られる情報を想像し、柔らかな空気感で現場をつくる。一方で、あえて台本は固めすぎず、対談の中で新たな発見が生まれるような緊張感のある余白を持つことも目指しました。

手話ワイプの収録準備

対談の収録を終えたら、いよいよ手話ワイプの収録準備です。手話通訳のメンバーとも、対談の収録前から以下のような段取りで進捗を共有していました。

  • 手話通訳のメンバーと事前に打ち合わせ、企画趣旨を説明

  • 対談の収録後に、手話ワイプを収録するための機材レイアウト、制作映像のイメージを共有して意見交換

  • 対談映像のラフデータと、文字起こしのテキストデータを早めに共有

  • 手話ワイプ収録当日までに、字幕原稿をレイアウトした映像を共有

手話ワイプの収録会場では、字幕付きの映像を大きなモニターに映し、映像の音をはっきりと聞き取れるようにスピーカーを設置。収録には丸一日をかけ、細かに休憩も挟みながら、収録したワイプ映像をその場でチェックしていきます。

手話ワイプの収録風景

あらためて、手話ワイプを検証する

特に映像における「手話ワイプ」の位置づけについて制作チームで何度か議論しています。ここには、手話ワイプそのもの、そして手話ワイプの制作プロセスを企画の“脇役”にせず、映像としてどのように調和できるのかを試行錯誤したいというねらいもありました。

わたしたちが見慣れていたのは、画面の隅に小さく入った青い背景のワイプ。それを土台にして、手話を読み取ることのできる大きさや切り抜き方、視線に無理のないレイアウト、話者の雰囲気に合った軽やかな色合いについてあらためて検証してみる。メンバーそれぞれの経験を話したり、別事業に関わっていたろう者や通訳チームの方にも意見を仰ぎました。

また、話者によって手話ワイプを切り替えるタイミング、字幕表示の位置や速度など、悩みながらも最後まで調整し、それぞれの要素がお互いを妨げずに共存できる映像づくりを心がけています。

制作した映像のキャプチャ画像

映像編集と同時に、企画の制作プロセスについても関係者で振り返っていました。そこで手話通訳の方から挙がったのは「手話ワイプを後撮りする場合でも、対談当日にも立ち会えるといいかもしれない」という点です。
そうすれば、その場で登壇者に言葉の意味を確認できるだけでなく、その人の口調、声色、現場の雰囲気も掴むことができます。

「振り返りの時間」は、チームで企画をつくる醍醐味です。
関係者と経験を分かち合い、個々の気づきや発見を知る。そうして、それぞれのノウハウを更新し、次の企画づくりに向けて視界を広げていくのだと思います。

YouTubeにて映像を公開中

2つの対談映像はTARLのYouTubeチャンネルで公開中です。拠点を運営する当事者ならではの葛藤や実感が語られているので、手話ワイプや字幕、映像構成にも注目しながら、ぜひご覧ください。

前回の記事はこちら[↓]

テキスト:櫻井駿介(アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー)

櫻井駿介|Tokyo Art Research Lab 1990年生まれ。首都大学東京大学院システムデザイン研究科修士課程修了、東京藝術大学大学院博士課程修了。各地の芸術祭や展覧 tarl.jp


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