ニューヨーク旅行記 -ジャズクラブあっちこっち巡り その3-

2024-09-09 福原たまねぎ

ニューヨークに行ったらなにするか?

タイムズ・スクエアの前でパシリと写真を撮ったり、5番街でぶらぶらショッピングしたり。セントラル・パークでのほほんとしたり、ブルックリン・ブリッジを歩いて渡ったり。ミュージカルを観たり、MoMAやメトロポリタン美術館を訪れたり。そんなところがド定番といったところじゃないだろうか。

ぼくの場合はというと、やることは決まっている。ジャズ・クラブに行くのだ。ニューヨークに来たからには本場のジャズを聴かなくては。いつもそう思ってる自分がいる。

2023年11月。ぼくはそんな気持ちでニューヨークを訪れてありとあらゆるジャズ・クラブを巡った。あんなところやこんなところをあっちこっち巡りした。黄色く染まった落ち葉が木枯らしでひゅるりと舞う秋のニューヨークで。その旅の記録は以下の2つの記事にいっぱい書いた。おかげさまでたくさんの方に読んでいただきすごく嬉しかった。ありがとうございます!

だかしかし………書き切れなかった。

好きなことを好きなように書いてるだけなのに、書いてる本人はぜぇぜぇ言ってしまった(これでもなかなか書くの大変なのです)。途中で息切れしてしまった末路として、せっかく訪れたのに記事に載せられなかった素敵なジャズ・クラブがいくつもあった…。

そんなわけで。

以前紹介することが叶わなかったジャズ・クラブに改めて行って参りました!今回はその訪問記をつらつらと書いていこうと思います。訪れたのは3つのジャズ・クラブ ----- スモーク、バードランド、そしてブルー・ノート。それぞれに個性的で味わい深いジャズを楽しめました。

お茶でも飲みながら読んでいただけたら嬉しい限りです。それでは行ってみましょう。

スモーク (Smoke Jazz & Super Club)

そもそも今回ニューヨークでジャズ・クラブを訪問したかったのには訳があった。それはブラッド・メルドー(Brad Mehldau)の演奏を聴きたかったからだ。ブラッド・メルドーはきっと今現役のジャズ・ピアニストの中では世界最高峰に君臨する人物の一人として呼んで差し支えないだろう。彼がここ「スモーク」というジャズ・クラブに連日出演すると聞いてこれは足を運ばねばと思った次第なのだ。

マンハッタンの北西部に位置するこのスモークは高級感あふれる大人の遊び場。全体として黒と赤で統一されたデザインはリッチだけど渋い雰囲気を演出している。品があってキレイめのジャズ・クラブの部類に入ると言っていいと思う。

ジャズ・クラブ「スモーク」の外観

店内に足を踏み入れるとバーカウンターが目に飛び込んでくる。ここが結構ゴージャスな感じでニューヨークの夜にぴったりな感じ。お客さんはリラックスしている様子で会話に花が咲いている。きっと常連なのだろう。ジャズの演奏が始まる前に、もしくは終わった後にここで酒を飲みながら時間を潰すというわけだ。

ゴージャスで粋なバー・カウンター

バーを背にして店内の奥に進んでいくとそこには立派な会場が姿を表す。ここはご飯がおいしいことでも有名なので開演の1時間ぐらい前から結構な数のお客さんが既に席に着いていた。多くの男性客は落ち着いた色のジャケットや襟付きのシャツに身を包んでいるし、女性も大人っぽいドレスを着ている人がちらほら。厳しいドレス・コードがあるわけではないけれど、おしゃれしてジャズ・クラブにお出かけってなんだか心が弾むようで楽しいよなと思う。

リッチでシックなライブ会場
タコのガーリック・ソテーがものすごくおいしかったのです

いよいよ演奏が始まる。この日は前述の天才ピアニスト、ブラッド・メルドーのデュオによる演奏。ステージに上がったのは貫禄のあるブラッドに加えて、おそらく20-30代の若い男性ベーシスト。この二人は親子ほどに年齢が離れているように見えるが、果たしてどんな演奏が繰り広げられるのだろうか。

ぼくの席はピアノのすぐ後ろだった。「よく見える」どころではない。なんならひゅっと手を伸ばせばピアニストに触れられる距離だ(もちろんそんなことはしないけれど)。緊張感あふれるジャズのプレイをこの至近距離で観れるのはちょっと半端じゃない。

最初に演奏されたのは『You and the Night and the Music』。ピアノとベースによる絶妙なフレーズの掛け合わせでこのマイナー調の曲が深く青く鳴る。この曲を聴いてビル・エヴァンスの『インタープレイ』という名盤を思い出すのはぼくだけではないはずだ。

ブラッド・メルドーといえばもう少し幾何学的なフレーズで気難しい感じの音楽を奏でるのではないかと邪推していた(そんな感じの顔付きだし)。でも少なくともこの日の演奏はブルージーでどこか砕けていた。"枯れた"演奏で観客のこころの奥深くをじわっと潤す。こんな渋いプレイをするんだなと感心してしまった。

ぼくの席から見えるのは目の前でプレイに集中するブラッドと奥に見える若手ベーシストによる掛け合いだった。目をぎゅっと閉じて音楽の世界に浸るブラッド。彼の薄い緑色のシャツに汗がじわっと滲む様子を見る限り、クールなようでいてその集中力は凄まじいものがある。

ピアノとベースの音が美しく混じり合う時、ブラッドが絞り出すような声で「Yeah…」とだけ呟く。その瞬間ピアニストとベーシストが一瞬だけ目と目を合わせる。限りなくエモーショナルなひととき。

こういう瞬間が見たいから生のジャズを観に行くのだなと思う。漫画『BLUE GIANT (ブルージャイアント)』で描かれているような魂の叫びのような演奏も大好きだけれど、もっとリアルで繊細で人間臭い芸術がここにはある。

たまらなくエモい、生のジャズ演奏

この日の演目はジャズの定番曲(スタンダード)に加えて彼のオリジナル曲やカバー曲も交えたバラエティーに富んだものだった。演奏を終えるにあたって最後に彼が放った言葉が印象深かった。

今日は静かで、張り詰めていて、それでいて喜びに満ちたお客さんに感謝します。
(I really appreciate it for quiet, intense, but joyful audience.)

ブラッドがそう言い放った時、会場には笑いが起こった。「張り詰めていた」という表現は皆が納得するところだったのだ。

その言葉通り、お客さんは身動きせずにじっと集中して聴いている様子だった。会場の緊張感はとてつもないものだったと思う。それでいてジャズという音楽をからだ全体で楽しんでいる様子も十分伝わってきた。一級のジャズ・クラブはお客さんも一級ということになるのかもしれない。

あーーーいいジャズ聴いたな。ぼくはこの日観た光景をきっと事あるごとに思い出すのだろうし、ジャズが好きで良かったなとその度に思うのだろう。

ステージから降りる二人のジャズ・ミュージシャンに会場からは割れんばかりの拍手が送られた。会場に明かりが点くと多幸感に溢れたお客さんの顔が浮かび上がった。

こんな熱いステージが来る日も来る日もやってくるのは世界を見渡してもニューヨークだけだろう。

これだから来ないといけないのだ。このニューヨークという街に。

翌日も同じ会場に足を運ぶ。この日は後ろの方の席だったけど、やっぱり演奏は文句なしだった

バードランド (Birdland)

タイムズ・スクエアから歩いて数分に位置するここバードランドも深い歴史を持つジャズ・クラブだ。伝説的なサックス奏者であるチャーリー・パーカーが「バード (Bird)」という愛称で呼ばれていたことがこのクラブの名前の由来にもなっている。

ニューヨークの夜景らしく格好よい

このバードランドは「ジャズ・クラブ」と「シアター」という2つの施設に分かれているのが特徴的。前者がその名の通りのジャズ・クラブ的な場所でお洒落した大人がジャズをじっくり楽しむ空間であるのに対し、後者はシアターというだけあって"舞台"といった感じ。日本の小学校で言うところの"視聴覚室"みたいな地味で不思議な空間なのだ。

この日は上述のチャーリー・パーカーの誕生記念という演目でシアターの方を訪れた。ニューヨーク在住のローカルなミュージシャンがパーカーの素晴らしい楽曲を現代的に再解釈してお届けするというプログラム。

バードランド・シアターの店内

観客席からはヨーロッパやアジア系の言葉が聞こえてくる。バックパッカーらしき身なりなんかを見る限り、おそらく観光客なのだろう。ジャズ・ファンがこぞって集まっているというよりは、「旅行の一環で来ました」というお客さんが過半数を占めるような様子だった。たくさんジャズ・クラブを回っていると、なんとなくこういうことも直感で分かるようになってくる(ぼくの勘違いかもしれないけれど)。

肝心の演奏は「まあまあ期待通り」と言ったところだろうか。第一線のミュージシャンというわけではなかったので息を呑むような演奏が聴けたかというとそういうわけでもない。とはいえ、やっぱりニューヨークのジャズ・ミュージシャンはおしなべてレベルが高いのでやはりそこはちゃんと観客をじっくり聴かせる技量を持ち合わせている。でもそういう職人的な演奏も毎日一定の基準を超えたジャズをお客さんにお届けするという意味で大事だよなーとしみじみ思う。

チャーリー・パーカーに対する愛情とリスペクトが感じられる演目

ちなみにもしバードランドに行くなら(シアターではなく)ジャズ・クラブに行くことを強くおすすめする。なぜならそちらの方が深い歴史を感じさせるし、それに伴った味わい深さを堪能できるからだ。はっきり言って会場に一歩入っただけでその違いを肌身に感じることが出来るだろう。

ブルーノート・ニューヨーク (Blue Note New York)

最後に紹介するのがここ、ブルーノート・ニューヨークだ。多くの著名なジャズ・クラブが集まるグリニッジ・ビレッジの中でも、異色の存在感を放つのがこの名店だ。

やって参りました、ブルーノート・ニューヨーク

お店に入ると目に飛び込んでくるのがこのカラフルなネオンが印象的なバーカウンター。ぼくの個人的な意見だけど、この色使いというかデザインが『ブルーノート・ニューヨーク』というお店のキャラクターを実にクリアに表現しているように思う。

これまで訪れたジャズ・クラブに比べてもう少しガヤガヤしていて落ち着かない空間なのだ。それはじっくり音楽を聴くことが前提にあった前述のジャズ・クラブ(特に最初に紹介したスモーク)とは対照的に、ワイワイ言いながら楽しむ場所といった性格が見て取れるのだ。

ブルーノート・ニューヨークのバーカウンター

会場は縦に細長い。ぼくはステージの目の前に位置したテーブル席に座った。肩と肩を寄せ合いながら観劇する小劇場のように、このブルーノート・ニューヨークもぎゅうぎゅう詰めの状態で演奏を観ることになる。隣の人との距離は極めて近く、なんなら満員電車に乗っているかのような密閉感。個人的にはこんなに狭く設計しなくてもいいのになとも思うけど、まあそれもまたこのお店の味ということで納得する。

縦に細長い店内で開演を待つお客さんたち

この日はディジー・ガレスピー(ビバップというジャズの一大スタイルを築いた功労者)にちなんだ曲をビッグ・バンドで演奏するというステージだった。ビッグ・バンドならではのソロ回しがやたらと格好いい。どの管楽器奏者も名手で燻銀の技がきらりと光る。トランペットの人がいきなり歌い出したりもしてなかなか楽しいステージングだった。

サックスの腕前は相当なもの
ボーカルもいいアクセントに

お客さんはキャーキャー言いながらステージに声援を送っている。もちろん静かな曲目ではじっと耳に澄ます観客の姿もあったが、それでもワイワイ言っているお客さんの姿が目立った。ふむふむ、こんな感じかとクールで観ていたのだけれど途中でバンドのリーダーが立ち上がりマイクを取った。

そこのテーブルの人、うるさいね。ここはリスニング・バーなんだから静かに聴きなさいな。

静かに諭すようにそう言ったのだった。ブチギレるわけでもなく感情的になるわけでもなく、「やれやれ」と言った様子でその言葉をルーティーンの一つであるかのように言い放った。その言い慣れている様子から鑑みるに、本当に「ルーティーン」になっているのだろう。会場もその言葉によって急にしゅんとなるといったこともない。あくまでこの会場ではいつもの光景の一つに過ぎないといった様子が見受けられる。何事もなかったかのように演奏は続き、宴は終わった。

東京の青山にもブルーノートはあるけれど、ぼくはあっちの方がはるかに好きだ。上質でモダンでシックな空間は、そのクオリティーにおいて本店であるブルーノート・ニューヨークを遥かに凌ぐ(と思う)。そして重要なこととして、音質も明らかにブルーノート東京の方がいい。クリアで聴きやすく文句のつけようがない。純粋にジャズを楽しむならブルーノート東京に行くことを迷わず選ぶと思う。

でもこのブルーノート・ニューヨークはこの雑多な感じというかラフな雰囲気がまた一つの味わいになっている気がする。これはこれの良さなんだよなーと思わずにはいられない。雑踏の中に不思議な調和を形成しているニューヨークという街と、この店のざっくりとして大らかな雰囲気はよくマッチしている。なるほど、街やカルチャーという文脈でジャズ・クラブの立ち位置も理解しないといけないのだなーと一人膝を打つのだった。

観客の様子は気にもせず、自分のプレイに集中するミュージシャン

今日はそんなところですね。ここまで読んでくださりありがとうございました。少しでも気に入っていただけたらスキしていただけると嬉しいです。

ニューヨークのジャズ・クラブあっちこっち巡りいかがでしたでしょうか?まだまだこれからもジャズ・クラブに足を運ぶこと間違いなしなので、また面白いものが見れたときには喜んでレポートする所存でございます。

それではどうも。お疲れたまねぎでした!


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